私はいつだって、逃げることばかり考えていた。
実家が好きじゃなくて居場所がなくて。学校が救いに
なるのは一部で基本的に友達はいなかった。
だって虐められっ子だもん。でも体が大きかったから
怪我とかをさせられるというよりは、言葉や態度での
嫌がらせがほとんど。
「グループ作って~、誰かとペアーになって~」という
指示が一番苦手でした。孤立するんだもん。
「あの子が欲しい~♪」の遊びは酷な感じよね。
だから、私の未来は逃げ出すことだった。
私を知らないどこかに行きたい。家族愛が強すぎて
重いファミリーから逃げたい。そればっかり。
中学時代に「将来設計」なんて課題をやった時は混乱した。
だって逃げる先のことは考えてなかったから。
【逃げ出すための高校受験】
先日「第一希望の受験校はどこだったの?」との質問を受けた。
そんな会話したことなかったけど私が導き出した答え↓
「家から出たかったから許してもらえそうなランクの学校にした」
その学校に行きたいよりも、家からは通えず母が納得する高校を
選んだだけなのだ。滑り止めにはすでに受かっていたけど・・
勉強を本気でしたことなんてなかった。見事第一志望に落ちた。
そして滑り止めの私立高校に通う目的がなくなった。
私は実家から逃げたけど、結局は監視下に置かれている感じが
否めなかった。やがて学校に行かなくなり、逃亡した16歳。
2年間逃げて戻ってきた実家なのに居心地が悪くて仕方がない。
それから結局同じことを繰り返した(笑)学ばないやつよね。
ほんと、頭悪いと思う。でもそれが私だった。しゃーない。
【40歳にして描く未来予想図】
あんなに家族が嫌だった私が、家族を持ちたいと望んでいる。
流産の経験もあるし、子宮のトラブルも大きい。
悲しい経験もしながら、夫婦として育ってきたと感じる日々に
子供が欲しいと素直に思える。
そのためにも今からでも「少しでも綺麗なお母さん意識」や
一緒に遊ぶための体力作りをしておかなければ。
”もっと早く生んでくれたら良かったのに”と文句を言われたら
「一番望んだ時に生まれてきたのだよ」と優しい声で伝えたい。
未来はわからないけど望むぐらいいいよね。
そのためにも、妊活にも本腰の本腰いれなきゃ。
色々なことを未来予想としてやりたい気持ちもあるけど
四十路の私の一番の未来予想図は子どものいる生活。
そこに嘘はない。
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