友達なんて必要ないという言葉の裏側
母が最近よく口にするのは「友達はいらない」だ。
8人の子供たちを育てたり、母の妹家族の面倒をみたり。
家族のことで日々時間を多く取られてきた彼女(母)の人生。
それでも友達はいたように思える。ブティックという場所に
初めて連れていかされ、そこでコーヒーなんかを飲みながら
何時間もいることに子供ながらウンザリしてた。
「大人って暇なのか?」「こんなにも話して何が楽しい?」
帰りたい一心だったな・・(人´∀`)ダヨネ!
【友達に裏切られるという経験】
「あなただけに話すのだけど・・・」という言葉は
本当かもしれないし、嘘かもしれない。
仲良くしていた人に裏切られたら人間不信になる。
何を話していいか分からなくなる。私もそんな経験がある。
母はその回数が多い&頼られたら断れないタイプを利用される。
宗教に関しても色々なところに連れていかれたのも納得。
「友達には気をつけなさいよ」
「沢山友達作るもんじゃないよ」
「あの人変な人じゃないよね?」
「家族のことをしたらいいのよ」
彼女の歩んできた人生経験からこんな言葉が出てくる。
彼女にとってはそれが大切なことなのだ。だから否定はしない。
でもその真意はなんだろう?どんな経験したのだろう?と
ヒアリングしたりはするのだ。それは疑似体験の1つになるから。
【対等でいることを意識する】
家族だけを大切にすればイイなんてことはない。
家族が裏切らないこともない。私は案外冷たい人間だ。
半年ぐらいに1回ぐらいは実家族と縁を切りたいと
思うことさえある。家族がいないと生きられないなんて
ことのほうが心配だし嫌だから。そんなことを思いながら
自分ができる範囲で家族と付き合っている。
そこを踏まえると友達との関係も同じなのだ。
自分ができる範囲、できる関係性で付き合えばよいだけの話。
どんな友達も対等という気持ちが大切なのだ。
そこをはき違えている人が多い。
かくいう私も対等を忘れがちで反省ゴメン(-人-;)(;-人-)ゴメン
友達がいらないという言葉だけを拾うのではなく・・・
そのバックグラウンドに寄り添い、本当はどうしたいのかを
知ることが大切だ。そしてその人が大切にしていることを
否定する権利は私たちにない。言葉の表面だけを拾わない。
大事にしていこうと思う